理容師カフェ‐小さな理容室の販促物語‐

家族経営の理容室が日々、行なっているちょっとした宣伝事例を情報共有します。

小説 組織改革物語13話 挫折(ざせつ)

この物語は、著者のご好意によりRIKEI(理美容教育出版社発刊)2003年9月号から11月号にて掲載した原稿を、当ブログに転載させていただきました。毎週金曜日にアップしていきます。

理容組合は生まれ変われるのか、改革を目指した男たちの記録

著 吉田裕幸HIRO・YOSHIDA(OFFICE・HIRO主宰 )
全理連業界振興論文最優秀賞受賞

主な登場人物
杉山稔(副理事長・企画室長)
藤川慎一郎(助講師・企画委員)
鈴木健志(県青年部長・企画委員)
中村雅夫(企画委員・元県常務理事)
竹中敏夫(理事長)
山崎光輝(弁護士、吉川の友人)
佐藤隆(組合事務局長)


杉山は、議案の取り下げも考えた。

しかし、企画委員や多くの協力者の苦労を考えると、それは出来なかった。

事務局の佐藤と議長を集めて、手短に協議した。

佐藤が提案した。

『準備不足でした。

今日は採決や廃案といった形で結論を出すのは止しましょう。

どうです、議長判断で継続審議にしては』

杉山は提案を受け入れた。

理事会が上程した議案は可決されることなく、継続審議となった。

前代未聞の総代会は、大混乱のうちに閉会した。

『総代が理事会を否定したんだ。理事は全員総辞職だ』

誰かが吐き捨てるように言った。

改革の難しさを象徴していた。

その日の夜、中村はいつもの店で山崎と飲んでいた。

今日は藤川と鈴木も誘った。

支部の役員とは、充分に議論したと言っていたのに。

今日反対していたのは、ほとんど幹部役員じゃないですか。

信じられませんよ』

鈴木は何杯目かのバーボンのグラスを手に、同じことを繰り返していた。

『今日可決されなかったことはとても残念だけど、課題は見えてきたじゃないか。

正面突破じゃ、何も変えられないことも分かったし。

鈴木君、また一から出直しだよ』

明治維新は枠組みそのものの改変だから、まだ分かりやすいよね。

定款のほとんどをそのままにして、見た目だけを変えるというのは無理があるよ。

やっぱり俺たちの改革案は、現実的じゃなかったのかな』

珍しく弱気な中村が言った。

『それは違うな。何をどう変えたかったのか。

変わったらどうなるのか。変わるためにはどうしたらいいのか。

そのことがぜんぜん伝わっていなかったのさ』

山崎は続けた。

『きつい言い方かもしれないけど、

君たちの思い上がりと自己満足的改革案がもたらした、当然の結果さ』

『それはどういう意味だ』

中村が掴みかからんばかりに、山崎をにらみつけた。

『まあ怒るなよ。君たちの改革案では、何人もの支部長が平役員に格下げになるんだ。

長い間苦労してきた役員も、定年制とかでクビになってしまうんだ。

支部再編成だって、仲良くやってる家族を無理やり引き離すようなものじゃないか。

組合のためには必要だとわかっていても、どうにもならないところがあるんだ。

それを納得してもらうためには、君たちが組合員一人一人と会って、

誠心誠意気持ちを伝えるしかないよ。

その肝心なことを支部役員に任せといて、伝わっていなかったと文句を言うなんて、良識を疑うよ』

藤川が答えた。

『山崎先生の仰るとおりだと思います。

組合員がどこまで理解しているのか、確かめようともせずに今日を迎えました。

本当にいい勉強になりました』

『もう辞めようと思っていたんです、企画委員なんか。

でも、もう一年だけ改革に取り組んで見ます。

自分も一組合員、という目線で最初からやり直します』

酒があまり強くない鈴木は、顔を真っ赤にしながら山崎に言った。

『なんだなんだ君たちは。こんな口先だけの男に手玉に取られて。

自分たちは間違ってなんかいないって、堂々と言ってやれよ』

中村は酔っていた。

挫折と後悔と自責の念が、全身を駆け巡っていた。

だがこれからの一年間、自分たちが何をすべきか、ほんの少し見えてきたような気がしてきた。

悔しいが、心の中で山崎に頭を下げた。

つづく


第十四話 15人
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