理容師カフェ‐小さな理容室の販促物語‐

家族経営の理容室が日々、行なっているちょっとした宣伝事例を情報共有します。

組織改革物語 第二話 沈黙

この物語は、著者のご好意によりRIKEI(理美容教育出版社発刊)2003年9月号から11月号にて掲載した原稿を、当ブログに転載させていただきました。毎週金曜日にアップしていきます。

理容組合は生まれ変われるのか、改革を目指した男たちの記録

著 吉田裕幸HIRO・YOSHIDA(OFFICE・HIRO主宰 )
全理連業界振興論文最優秀賞受賞

主な登場人物
杉山稔(副理事長・企画室長)
藤川慎一郎(助講師・企画委員)
鈴木健志(県青年部長・企画委員)
中村雅夫(企画委員・元県常務理事)
竹中敏夫(理事長)
山崎光輝(弁護士、吉川の友人)
佐藤隆(組合事務局長)


一瞬の沈黙の後、竹中が再び口を開いた。

『どうだい君たち、この組合を改革してみないか。

ほんとうに組合員のためになる、今の時代にあった組合を作るんだ。

そして全国に発信してくれないか。それが引き金になって大きな動きになれば、

業界だって変れるかもしれないじゃないか。

なんだったら、今のこの組織を全部ぶっ壊して、新しく作り変えてもいいんだよ。』

当時竹中は、気鋭の全理連副理事長として全国組合にその勇名を馳せていた。

抜群の企画力と実行力、そして充分すぎるほどのカリスマ性もあった。

判断はいつも正しく、誰もが信頼を寄せていた。

しかしこの日の改革指示は、あまりにも唐突だった。

この肥大化した未成熟の組織が、そう簡単に変われるはずがない。

何をどう変えればいいと言うのか。

第一、それを望んでいる組合員がどれだけいるのか。

藤川、鈴木、中村の三人は、竹中の提案に一筋の光明を見ながらも、戸惑いを隠せなかった。

杉山は違った。

これまで竹中と二人三脚で組合を引っ張ってきた。

お互いの気持ちは手に取るように分かっている。

以前から、竹中が何かを始めようとしている予感はあった。

『中村君、藤川君、鈴木君どうだい。とんでもない注文が来たな。

全部ぶっ壊すと言うのはどうかと思うが、やってみるかい。』

一人ひとりに声を掛けた。

三人にとって改革は望むところだ。

反対する理由など何も無かった。

卓越した分析力と独自の経営理論を持つ藤川は、ちょうどその頃、組合行政の矛盾と向き合っていた。

出口が見えなかった。

そこに絶妙のタイミングで、改革の話が飛び込んできた。

これをきっかけに、解決の糸口がつかめるかもしれない。

そう確信した。

『難しい仕事だけど、挑戦する価値は充分にあると思います。ぜひやりましょうよ。』

いつもと変わらない穏やかな笑顔だった。

鈴木は青年層のリーダーとして、若い理容師たちからの信頼は厚かった。

しかし最近青年部事業では、思い通りにならないことが多かった。

組合の古い体質に、たとえようのない閉塞感を感じていた。

チャンスだ。即座に答えた。

『面白そうですね。やりましょうよ。』

杉山は、鈴木の弾けるような若さがうらやましかった。

このエネルギーは、何にも勝る大きな力になりそうだった。

組合役員を退いたばかりの中村は、あまりのタイミングの良さに唸った。

役員と言う立場では組織の中に埋没してしまう。

何一つ変えることはできない。

その一念で執行部を飛び出した。

しかし今の一企画委員という立場では、見事に何もできなかった。

竹中の指示なら、改革を実現できるかもしれない。

これが最後の機会に思えた。

『そうですね。いい機会です。ぜひやらせてください。』

みんなの答えを予想していたように、ウンウンと頷いていた竹中は、何事も無かったような顔で言った。

『そう言ってくれると思っていたよ。でもあまり時間は無いんだ。

今年中に素案をまとめてくれないか。』

そして、パタパタとせわしなく扇子を使いながら、部屋を後にした。

役員室に残された4人は、皆一様に押し黙ったまま、これからの忙しい日々を想像していた。

想いはひとつだった。

中村が口を開いた。

『とりあえず前に進みましょう。どうせいつかはこの時が来ると、みんな思っていたじゃないですか。』

『そうだな。早速取り掛かろうか。

まず、現在の組合組織が抱えている問題点を、すべて洗い出す必要があるな。

一般社会とのギャップや組合員の意識も調査してみよう。

どのような改革案にするか、方向性を探るところから始めよう。』

杉山は、次回の会議の日程を告げると、勢いよく立ち上がった。


つづく


第三話 素案
http://blogs.yahoo.co.jp/eroisamurai/27384735.html?type=folderlist